アニメ版銀河英雄伝説の「査問会」について
アニメで民主主義について考える時にふと思うのは田中芳樹著の「銀河英雄伝説」で設定は、遥かな未来、銀河に進出した人類は二大陣営に分かれて戦っている中で、皇帝と貴族が支配する銀河帝国(帝国)と、帝国から脱出した共和主義の人々が建国した自由惑星同盟(同盟)である。広大な航行不能宙域の間に挟まる2か所の回廊宙域でのみ結ばれた両陣営の戦争は、開戦から実に150年間が経過していた。長き膠着の果て、ラインハルト・フォン・ローエングラムとヤン・ウェンリーという若き英雄が相次いで両陣営に登場することで、歴史は大きく動き始めるというのが話の内容です。その話の中で気になる回は旧OVAシリーズの第31話と新たにつき売りなおした「銀河英雄伝説 Die Neue These」のTV放映版の第32話のである「査問会」という話で、本来同盟を帝国からの侵略から防衛するために最前線で、指揮をしなければいけないヤン・ウェンリーを政治家たちが自分たちの権力や利益のために、一般市民が知らないところで薄暗い部屋で周りから政治家や評論家などから言葉によるリンチを受けているのはどうかと思いますし、本来自分たちを守っているはずのヤン・ウェンリーを遊び感覚で?いびり倒しているのは議会制民主主義の腐敗度がうかがえますが、あまり他人事に見えないのが現代の日本も似たようなものだと思います。選挙対策を目的とした腐敗した同盟政府や、軍上層部の政治劇などに翻弄されるというように味方であるはずの同盟政府が足をしっぱていざというときに最前線であるイゼルアローン要塞から遠ざけて、なおかつやる気をなくすようなことをするのは愚かなことだと思いますが、当人たちにとっては自分たちの利権や利益のためにするのはどうかと思いました。
自由惑星同盟の軍事クーデターを収束させたヤン・ウェンリーを危険視するトリューニヒト最高評議会議長ら政治家が、彼を首都ハイネセンに召喚し、軍の規律を乱したとして追及するために開かれました。しかし、これは法的根拠のない私的な「裁判ごっこ」であり、ヤンを陥れるための精神的なリンチをするというのが今回の査問会の目的でした。
ヤン自身への人気への嫉妬と権力の保持はクーデターを収束させ、国民的な英雄となったヤンの絶大な人気と影響力を恐れていましたし、その人気に乗って政界に出て自分たちの権力などを脅かすとか考えたり、 政治家の権威を軍人に対して誇示し、今後のヤンの行動を制限したりしまして、左遷の口実については、ヤンを辺境に追いやる、あるいは軍から追放するための口実にしました。
ヤンは一人で、、副官のフレデリカから引き離され、査問会に臨みました。査問委員からの理不尽な質問に対し、ヤンは冷静かつ論理的に反論し、委員たちを苛立たせていました。そんな中でヤンは辞表を書いて、どのようなタイミングで出すかポケットに隠していたのですが、査問会でのくだらないやり取りにうんざりし、ポケットに隠し持っていた辞表を出そうとします。しかし、その瞬間、帝国軍がガイエスブルク要塞をワープさせてイゼルローン回廊に侵攻したという緊急連絡が入り、査問会は中止となりました。
結果 査問会は、皮肉にもヤンが最も脅威と感じていた帝国軍によって中断されるという形で終結しました。ヤンは軍から解放され、急ぎイゼルローン要塞へ戻り、防衛戦を指揮することになりますが、この出来事は、同盟政治家の腐敗と、ヤンの軍人としての存在価値を改めて浮き彫りにしました。
改めまして、今回の話を見ると腐敗した議会制民主主義がいいか、洗練されているが独裁体制が良いか、考えさせられると常日頃のニュースなどを見て思いました。
現代でも、とある国では本人や本人の所属している政党を非難するマスコミなどを自分たちの権力を使って脅して、いわゆる言論の自由を封じることは、独裁体制の国はもちろんのこと、民主主義国の中でもマスコミに圧力をかけたりすることもよくあることなので、今見ていてもこの回は考えされる話だと思いました。
例えば、戦国時代の日本の天正18年(1590年)、豊臣秀吉が北条氏の小田原城を攻めた際、城内で戦うべきか、降伏すべきかの評定が長引き、結論が出ないままで滅亡してしまったことをいう「小田原評定」とは、多くの人が集まって相談しても結論が出ずに長引く会議や議論を指す慣用句にあるように、何も決まらない民主政治よりも、一人の「名君」やエリート集団などが即断即決で課題を解決したほうが効率良さそうと思われることが問題だと思いました。

